おじの死

20日。もうあと1時間もすれば、おじさんのお通夜がはじまるが、ワシは参列できない。顔色ひとつ変えずに金曜日が何気なく過ぎていく。忌々しくもあり、安堵するようなところもあり。

狂ったように照りつける太陽に言いつけて、お別れの言葉を運んでもらう気にはなれないので、カラダの奥底に存在する静かな海に「さようなら」と書いた手紙を流してみる。なんとなく、たどり着いてくれそうに思う。

* * *

19日。おじさんが逝ってしまう。3月4日、別れ際に握手をしたのが最後になってしまった。

嘘でもかまわないので、自分が生きていることの意味を言い当ててくれそうなコトバを探してみるものの、なにも出てこない。仕方がないので、「もし万が一にでもワシが地獄行を免れるようなことがあったら、そのときは握手で出迎えてください」などとつぶやいてみる。虚空がカラダをつつむ。

アナタの無骨な優しさに、ワシは最大級の敬意を感じておりました。さようなら。

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18日。ドーキョニンが5時に起こしてくれたので、奇跡的に今日も6時発の電車に乗ることができる。あのまま寝続けていたら、確実に遅刻なり。
誰でも入れるみたいなので、イングランドの某Societyに入会してみる。ちなみにShakespeareではない。

さようなら……。