詠み人知らず

令和でも 不毛な会議 二時間越え (詠み人知らず)

 

キルケゴールが「自分は33歳までに死ぬのではないか」という不安にさいなまれていたことを知り、「ワシはやはり凡人だな」と思ったしだいなり。

 

エーゴ教育は人を不要に熱くするし、それが自分の思い通りに事を運ぶアリバイにもなっている。いろいろと講釈述べてくれるのはよいが、それで学生の向学意識は高まるのかね……。もっとココロを鎮めて冷徹な現実を両眼で眺めてみなさい。

 

あほか……。

 

 

 

 

 

令和もやはり疲れてます

令和もやはり疲れてます。

 

一週間前に突然「来週〇曜日〇時限目に会議やるから来い」と言われても、行けるわけないだろ。お前らみたいに暇人なら「はいよ」と答えられるのかもしれないが、ワシはもう何週間もまえからそこは予定でうまっておるわ。あほか、なめるな。

 

17日。『ハムレット』@コクーン。二階席の奥は、さすがに舞台からは遠い。最初せりふが聞きとれなかったが、慣れてくると大丈夫だった。ハムレット役はaffect強めのせりふまわしだったように感じられた。

 

あほか……。

 

眼のまえにジュモクさん

22日。今日は卒業式らしい。お元気で。

アメリカからとりよせた古書の表紙をパラッとめくってみたところ、そこにPeter Stallybrassと読める署名が記されていた。これは本物なのかいね?

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14日。『母と惑星について、および自転する女たちの記録』@紀伊国屋ホール。キムラ緑子が圧倒的だった。初演はこの役を斉藤由貴がつとめていたとか。母を母たるものにしている属性が娘たちに分有されていく。娘たちはそのことを嫌いつつも欲してしまう。「重石」。『世界は一人』@東京芸術劇場プレイハウス。「知らない人でいこう 出会い直そう」。松たか子の声は相変わらず美しい。ワシの眼のまえに、「ジュモクさん」が座ったので、いささか吃驚した……。

花粉症でつらい……。

 

動物園に行く

19日。「足にまとわりついてくるのでネコは気持ち悪い」とテリー教授がおっしゃるのを耳にし、イヌ派のワシですら「あんた、相当なクズ加減でございますな」とココロのなかでつぶやいてしまった。

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18日。リンダ・コリー『イギリス国民の誕生』を読み終える。毎回思うが、長いですな。「(カトリックのフランスとは異なり)イギリスは神の祝福をえたプロテスタントの国だから苦難にあっても最終的には救われる」というのはメロドラマ的想像力だな。田村秀夫『近代社会とは何か--ケンブリッジ学派とスコットランド啓蒙』を読みはじめる。そして、1時間半ほどの打ち合わせに出る。

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16ー17日。ひねもすのたりのたりかな。

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15日。息子氏を連れて動物園に行く。キリンやら、ゾウやら、ライオンやら、サイやら、コアラやら、シャバーニやら……がいるのに、息子氏は鳩を追いかけて捕まえようとすることに大半の情熱をそそいでいた。あとは、池でボートをこぐ女子たちに手を振って、愛想をふりまいていた。

明日も会議……。

 

 

推測=解釈

採点をしたり、休日返上でまた別の採点をしたりしている。それだけではおさまらず、紙を折って、封入して、糊付けをして、郵便局にもって行って発送したりしている。それだけではおさまらず、会議に出させられたり、打ち合わせに参加させられたりしている。それだけではおさまらず、……。

 

提案・説明する立場にあるものが、寄せられた意見や疑問点に対して、「どうしてそのような意見や疑問点が出てくるのか、むしろわたしの方こそ理解できない」としか答えられないのであるならば、時間の無駄だから提案などするな。提案をとおしたければ、とことん説明して疑問点を解消したり、理解を求める姿勢でことにのぞむのが筋だろう。「わたしが提案することは、わたしが良いことだと思っているのだから、わたし以外の人も良いと思うはずだし、それを良いと思わない人は、その人の方がむしろ間違っているのだから、わたしはそんな人の相手はしない」的な考えは、対話的思考にはほど遠いので、バフチンを読んで、出直してこい。少なくとも、いまのままでは会議の議長になる資質はない。

 

「ある時点で資料は語ることを止める。そこからは歴史家が推測を始めなければならない、それが文書の解釈である」(106ページ)と歴史家は語るが、このような推測=解釈がどこまで許容されるのかは、難しいところだと思う。とりわけ、文学に対して〈歴史的アプローチ〉を試みる場合、推測=解釈の許容範囲は一段と狭まるように思われる。「資料に語らせるにとどめる」のが、現在、もっぱら見られる〈歴史的アプローチ〉だと思われるし、もしかしたら、推測=解釈という概念は文学には存在しないように思われてしまう。〈歴史的〉ってなんでしょうかね?

 

George Taylor, The French Revolution and the London Stage, 1789-1805 (Cambridge UP, 2000)を30ページほど読む。

 

老いた眼=老眼が痛い……。

移行してみました。

あけましておめでとうございます。ここまでのところ、胃腸炎にかかって嘔吐と下痢に苦しみました。「それはあんたの仕事だろ」と憤りました。眼科に行ったときに、巷でうわさの某ルーペを試着する機会に恵まれました。テリー教授が久々に些細なことでキレそうになってました。ほとんどテレビを見る機会がなくなってしまいました。4時間ぐらいしか睡眠時間が確保できなくなってきました。女子学生に「春休みなにをしたらいいですかね」と尋ねられたので、「孤独と絶望について考えてみるのもいいかもよ」と答えてしまいました。定期試験で不正をしている輩をしょっ引きました。遅ればせながらブログを移行してみました。

 

下河辺美知子『グローバリゼーションと惑星的想像力--恐怖と癒しの政治学』、三浦玲一(編)『文学研究のマニフェスト--ポスト理論・歴史主義の英米文学批評入門』、ジョン・H・アーノルド『歴史』、阿部公彦『英語的思考を読む--英語文章読本II』、Michael Cordner and Peter Holland, ed. Players, Playwrights, Playhouses: Investigating Performance, 1660-1800などを読む。

 

お元気で……。