Before / After Seoul

14日。ようやく日常に復帰する。

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13日。惰眠を貪る。

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12日。5時起床(正確に言うと、寝ていない)。ガイドの女性と待ち合わせて仁川国際空港へ向かう。早朝なのに灯りをともした店のまえで働く人たちの姿が車中から見える。窓の曇りと雨で、漢江はオボロゲナ様子。空港近くのお土産屋さんでペーパーナイフやキーホルダーなどを買ったあと、空港に到着する。ガイドの女性といっしょに写真を一枚とり、手続きを済ませたあと、日本人が狂騒する免税店を素通りして、時間通り機内に乗り込む。気がつくと、飛行機が浮いていて、気がつくと、飛行機がとまっている。その間、アシアナの機内食を食した以外、眠りにおちる。帰国後は特大のエビフライ2本を食し、アイスコーヒーを飲み、研究室に戻る。短い旅が終る。

韓国はワシにとって他者である。漢字やアルファベットの表記であれば、そこから何らかの意味へといたる道が確保されることにもなろうが、韓国の言葉だけでは意味へと至る道が完全に遮断されてしまい、ただ単に言語が図として存在するに過ぎない状況が開示されるだけとなる。そのような状況に留め置かれたとき、ヒトはただ途方にくれるしかない。さらに、漢字、アルファベット、漢字の読みをアルファベット表記したもの(ただし、ワシの心得ている「音読み」や「訓読み」とは異なる読みの表記)の三者の連関が、ワシのなかに言語的な齟齬の感覚を惹起し、これまで持ち合わせていた位相の感覚を強奪していく。これはなかなかにスリリングな経験である。言語的に言うと、ワシにとっては欧米よりも韓国の方が遠い国なのだと認識する。それゆえに、この国に近づきたい、とも思う。

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11日。台風の影響で雨。昨日ガイドの女性に教えていただいた本屋さんへ向かう。イラストレーションと英語表記をたよりに、韓国語版『ロミオとジュリエット』を購入する。7000ウォン。もちろん読むことはできない。その後、すったもんだを経たあとで、「明洞餃子」という店で昼食をとる。ここでは、少し独特の味わいがするキムチが出てくる。そういえば、昨日ガイドの方が「明洞餃子のキムチは韓国人でも抵抗感をもつ人がいる」と言っていたのを思い出す。ここのメニューは3つぐらいしかない。そのうちの1つ、そして、客の大半が食している「ワンタンが4つ浮かんだ麺もの」を食べる。以外とアッサリした味だが、分量が少し多く、お腹が張る。はじめとなりのテーブルには、3人組のおばちゃんたちが座り、その後入れ代わって5人組の若者たちが座ったが、前者も後者もよく食べる。とりわけ、キムチのおかわりをひっきりなしにする。よく食べ、よくしゃべるという点に、韓国の人のヴァイタリティの源泉があるように思う。スポーツの国際試合での韓国の強さの背景には、この食と笑いによる力があるのだと思いいたる。ナショナリズムによる高揚という物語のなかで韓国の強さをとらえている限り、日本は韓国の力に勝ることはないだろう。

その後、いったんホテルに戻って休憩したあと、地下鉄に苦労して乗り、なぜか「ロッテ・ワールド」まで行く。韓国の地下鉄はシートまでが鉄でできている。ダラッと座っていると、徐々に滑ってずり落ちてしまいそうになる。「ロッテ・ワールド」では、水の上をスライドしていく乗り物や、「シンドバッドの冒険」と称する乗り物や、バイキングに似た乗り物に乗る(正確に言うと、乗らされる)。一番最後のもので、ワシの許容量が底をつく。ここにいる子どもたちは皆が駆け回り、眼を輝かせている。良いことだ。

「ロッテ・ワールド」を後にし、地下鉄に乗る。チョコレートをカートに入れて、何ごとかを言いながら車輌を渡り歩くオジイサンの姿が眼前を通り過ぎていく。そのオジイサンの片足は義足である。昨日から、駅構内で寝泊りする人たちの姿も目撃する。まぎれもなく、ここも地球規模の資本がめぐる場所のひとつだと思う。

ホテル付近に戻り、「今日こそは肉を」という思いを胸に店を探す。ただ、雨のなか首尾よく目的の店を見つけるのは困難だと判明し、近くの手ごろな店に入って、焼肉を注文する。肉、葉っぱ、野菜、ニンニク、ミソ、塩、白菜のキムチ、きゅうりのキムチ、水キムチ、サラダ、かぼちゃ、シャチの身、タコなどの皿がテーブルをうめつくす。壮観。おまけに、注文した梅酒はボトルで出てくる。

焼かれた肉は、塩やミソなどをつけ、野菜やニンニクとともに葉っぱに巻いて食べる、という知識/常識すら持ち合わせておらず、サラダと勘違いして「野菜」だけを食べきってしまい、お代わりをもらうときに少し恥ずかしく思う。女性の店員さんが肉を焼いてくれる。塩をつけた肉がとりわけ美味。どんどん食べてしまう。

食事のあとは、閉店まぎわのスタバに入り、アイスコーヒーを注文する。この旅ではじめて、レジにたっている大学生くらいの男子と英語によるコミュニケーションが成立する。これまでは、韓国語で話しかけられた場合にこちらがsorryと応じると、相手は日本語で再度話しはじめることが多かった。たとえば、ワシは旅先で決まって道を尋ねられるという得意技をもっているが、今回の旅でも地下鉄で韓国の人に道を尋ねられたとき、相手はワシが韓国語を解さないとわかると、日本語で「すみません」と即座に述べてくれた。スタバの男子の英語と心地よい笑顔は、旅に彩りを添えてくれた。スタバの男子に限らず、韓国の人はとても勤勉で親切なのであり、この点には旅のあいだ中いつも関心させられた。果たして日本人であるワシは、彼らに見合うだけのココロの充実をもっているのだろうか。

その後、ファミマでカボチャの飴やチョコ・クッキーなどを買ってホテルに帰る。外はやはり土砂降り。

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10日。午後から韓国に飛ぶ。機内では、免税店で買ったロイズの「チョコレート・コーティングされたポテトチップ」を堪能する。「ポテトチップス」でないのは「登録商標」と関係があるのか、などと思う。アシアナの機内食ももちろん食す。

仁川国際空港には、居眠りする間もないくらいすぐに到着する。少しまごつくも、ガイドの女性と会い、車でソウル市内に向かう。道中、漢江にかかる橋が照明に照らされている姿が見え、それがなんとも美しい。ガイドの方が、河の南側が高級住宅街で億単位のマンションが立ち並ぶ、と教えてくれる。またあわせて、最近の日本人観光客は板門店がどういう場所か知らない、ということも教えてくれる。その身体とともにバカまで国外に輸出するまい、と自戒をこめて思う。

ソウル市内では、スタバ、KFC、ファミマ、セブンイレヴン、アウトバック・ステーキハウスなどのおなじみの光景と、それ以外のおなじみでない光景の混在した模様が眼にとびこんでくる。

午後10時過ぎにホテルに到着する。ホテルの前にある広場では楽団がジャズを演奏している。夜も遅くなり、路地のような風情のところにある焼肉屋を除いて肉を食すのに適した場所が見つからないため、ホテルの裏にある道沿いの店(「麺武士」という名)に入って、「鯛のハラミ丼」などを注文する。途轍もなく辛いスープと、キムチ、たくあんのようなもの、があわせて出てくる。「鯛のハラミ丼」は少しクセがあるが、まずまずの味。「もしかして辛いスープはご飯にかけるものだったのか……」と思ったときには、ハラミひときれが器のなかで孤独に耐えているだけだった。その後、ダンキン・ドーナツでドーナツ2つを、ファミマでコーヒーやヨーグルト(美味)や歯ブラシ(ホテルにあるものは有料)などを買ってホテルに戻る。そしてCNNを見ながら眠る。

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9日。ガヤトリ・C・スピヴァクデリダ論−−『グラマトロジーについて』英訳版序文』(平凡社ライブラリー,2005)を読了する。旅のまえに読む本としては、およそ相応しいものとは言えまい。

長文御免……。