ジダンくんとFather Mayer

12月に、息子氏が風邪をこじらせて検査入院をしました。入院先で同室になったジダンくん(日本人)は元気になったかな…。子どもが苦しんでいるのを見るのは、やはり嫌なものですな。もう会う機会はないかもしれないけれど、ジダンくんにとりわけ良いお年を。そして、息子氏にも。

David Mayer先生がお亡くなりになった。母国に帰国中のご不幸だったが、お亡くなりなる数日前に、親しい方に向けて「日本に帰る日を楽しみにしている」というメールを送っていらしたそうだ。Father Mayerは、寛容と誠実を体現されているような方だった。おろらくはワシがはじてめふれたキリスト者だったと思う。残念ながら仕事で追悼ミサには出席できなかったが、ミサ前日に、Father Mayerに教えをうけた大学で少し黙祷することができた。ワシは地獄行き濃厚なので、Father Mayerには彼岸で会うことはかなわないだろうが、そんな堕落しきったワシからも、一言だけFather Mayerに言わせてください……「メイヤー先生、ありがとうございました。お会いできてよかったです」。

またいずれ…。

ふたたび胸がいっぱいになる

11月11日。『誰もいない国』@新国立劇場。台詞をとばしてしまってもなんとか補ってしまう老獪さ。ピンターを見るたびに思うのは、ピンターはそろそろ別の翻訳者を見つけてほしいということなり。

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11月10日。『修道女たち』@本多劇場鈴木杏は「セカイのニナガワ」の芝居に出ていたころに比べると、各段にすばらしい演技をするようになったと感じる。伊藤梨沙子は声も美しい。それにしても、ふたたび白塗りですな。

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11月3日。後輩氏と待ち合わせをして、午後からオジイチャンのお宅に向かう。20年も行かなかったのに、ここのところ1ヶ月に1回訪問することになってしまったのは、不思議なことなり。オジイチャンのお宅に行くには、最寄り駅からバスを利用することになるのだが、この日はなにやらイヴェントが開催されていたようで、バスがかなり遅れてやってくる。なるほど、川べりにはたくさんのテントがたっていて、いかにもイヴェントが開催されている趣がしている。バスを降りてしばし歩く。オジイチャンの家にはなんとか約束の時間に到着する。インターフォンを押すと、こちらが誰かは名乗っていないのに、「どうぞ」という声がしてくる。オジイチャンの書斎は前回来たときと変わりない。後輩氏は、オジイチャンの本棚から楽しそうに本を選んでは譲り受けていく。「少し休憩を」ということになり、お茶とお菓子をいただく。そして「このオジイチャンんが庭で採取しました」と言って、柿を出してくれる。その柿はたいそう甘かった。「少し持って帰る?」とも言ってくださる。本を選んだり、お茶を飲みながらお話をしたりで、2時間ほど経過してしまったので、そろそろ失礼する。後輩氏と本がつまった段ボール箱を抱えて最寄りのコンビニまでむかい、後輩氏の自宅にそれを送る手配をする。そして、コンビニ付近のバス停からバスに乗る。すると……バスのなかにオジイチャンがいて、お知り合いと談笑している姿が眼にとびこんでくる。気づかれないように、バスの後方座席に後輩氏と陣取り、なりを潜ます。バレたら気まずいからな。帰りの電車でふたたび胸がいっぱいになる。オジイチャンの書斎には、オジイチャンが若かりしころの家族写真が飾られている。思い出すと、なんとも胸がいっぱいになる。ちなみに、今日はワシの誕生日だったな。

涙は流れないけどね……。

ぼくの家に来る?

10月29日。Sono stanco molto.

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10月14日。急遽予定がキャンセルになったので、『誤解』@新国立劇場カミュの絶望にふれる。「涙が流れているのだから、まだ本当の絶望を味わったわけではないわ」的な趣旨の発言に遭遇したのは、これで3度目なり。最後のことばは、「いやです」。

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9月15日。オジイチャンのご自宅に行く。以前お会いしたときに「ぼくの家に来る?」的なお誘いをいただいたので、ノコノコ出かけって行ったわけなり。学部時代に1回、授業のレポートが締切に間に合わなくて、オジイチャンの自宅のポストに投函しに行ったことがあった。そのとき、「せっかく来てくれたなら、ピンポンって押してくれればよかったのに」と言われてしまった。その後、大学院時代に1回、これまた授業のレポートが締切に間に合わなくて、オジイチャンの自宅まで行った。そのときは前回言われたとおりに「ピンポン」と鳴らした。そうしたら、オジイチャンが玄関から登場してきて、近くの喫茶店につれて行ってくれ、お茶をごちそうになった。「どうせ大学行くんでしょ、これ出しといて」と、用事も頼まれた。さらに、もう一度、自宅ではなかったが、オジイチャンの利用している駅の近くにあるホテルの最上階で、いっしょにランチバイキングを食べたこともあった。そんなこんなでオジイチャンの自宅に行くのは3回目で、おそらくは20年ぶり、そしてなかに入れていただくのははじめて、だった。オジイチャンは、書斎にとおしてくれて、紅茶を出してくれたり、「めずらしいお茶飲む?」と言って開運茶という名のキノコ茶を振る舞ってくれたりした。訪問の本来の目的はあまりはかどらなかったものの、なんとなく2人で静かになごんだ時間が流れたのでよかった。帰りはバス停までついてきてくれて、オジイチャンはバスが発車してもずっと立ったままワシを見送ってくれた。その姿を見て、なんとなく胸がいっぱいになってしまった。

涙は流してないけどね……。

台風にもかかわらず

9月4日。台風接近。にもかかわらず、山里亮太『天才をあきらめた』(朝日文庫)を買いに街に出る。だって、サイン本がほしかったから……。なにはともあれ、長時間の停電に不便を強いられる。

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9月1日。カルメロ・ベーメの誕生日。Sto bene. 嘘。

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30日。「そろそろ潮時か」などと言った翌日、「はてなダイアリー」のほうから「もう終わりだよ」と告げられてしまった。サヨナラをいうまえに振られてしまったような感じなり。

benissimo……嘘。

サヨナラを言うことは

29日。もう8月も終わろうとしているが、恐ろしいことに気がついた。ここに駄文を垂れ流しはじめて、10年が経ってしまった。この10年で色々なことがあったはずだが、ワシはアホなので、もうほとんど忘れてしまったし、ワシは傲慢なので、それらを思い出すつもりもない。ただ、ひとつだけ釈然としない感情が残存している。ニンゲンにはある日突然サヨナラも言わずに旅立ってしまわなければならないような時があるのだ。「サヨナラを言うことは少しだけ死ぬことだ」。サヨナラは死を運ぶ……本当の死を回避するために。addioはとても美しいことばだと思う。そろそろ潮時か。

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20日。オジイチャンに会う。いつもの場所で、いつもの時間に会い、いつものランチを食べる。そして、いつもの他愛のない話をする。だいたい待ち合わせ時間よりもお互い20分ぐらい早くやってくる。昔はケーキとコーヒーを注文していたが、いまはランチを食べる。だいたい2時間ぐらいすると、なんとなく席を立つ。お会計はワシが払ったり、オジイチャンが払ったりする。そして、2人して横並びで駅まで歩く。理由があって、以前に比べてオジイチャンの歩くスピードは遅くなったので、ワシもなんとなく意図的にゆっくり歩くようにしている。駅までは5分もかからない。「僕は買い物して帰るから、じゃあ、また」、「ありがとうございました」などと述べあって、改札のまえで淡白に分かれる。以前は歩き去るオジイチャンにあまり視線を送りつづけることなく立ち去っていたが、いまはオジイチャンがワシの視界から消え去るまで見送ることにしている。オジイチャンは振り返ることもなくゆっくりと去っていく。オジイチャンが見えなくなると、ワシは「ああよかった、見送っていることがばれなくて。ばれたら恥ずかしいからな」と思い、ひとまず安堵する。と同時に、不吉な感情にとらわれてしまう。出会って25年、いつのまにか時が経ってしまった。

addio……。

アウグストゥス登場

20日。アヴィタル・ロネルのセクシャル・ハラスメント問題が喧しいことを知る。

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12日。ショッピングモールに買い物に行った際、ドウキョニンに老眼鏡をつくるように促される。ええ、そうですね。

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8月1日。誰もが知っているとおり、Julyはユリウス・カエサルの名に由来しているのに対し、Augustはアウグストゥスのそれに由来しているわけだが、夏休みが来ないのにアウグストゥスだけが来てしまったぞよ。残酷だな。

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7月28日。ナイロン100℃『睾丸』@東京芸術劇場。残念ながら、台風接近のため行かず。2年に1度ぐらいはこういうことがある。いたし方ない。

眠い、眠い……。

ひと仕事 in Osaka

13ー14日。大阪でひと仕事する。諸事情あって昼食ぬき。諸事情あってケーキもコーヒーもぬき。

このところ午前3時就寝生活が板についてきた。その後もイヤフォン君はイヤフォン君なり。ところで、イヤフォンというのものに価値をおく若者が増えたことを実感する。学生と話をしていて、「高級なイヤフォンがほしい」と口にするものが少なからずいるのだが、それがなにかおのれのアイデンティティに深く関係しているかのような口ぶりで語る姿を見るにつけ、やはりオジサンは違和感を覚える。車や時計や服などと同列になるくらいイヤフォンはいつの間にか昇進してしまったのか? 昭和のニンゲンにはよくわからない。

物理学の先生と、論理学の話をする。一年生には論理学を必修で受けさせるべきだということで見解の一致をみる。と同時に、「だれが教えられるの?」ということで見解の一致をみる。

ジリアン・ビア『未知へのフィールドワーク−−ダーウィン以後の文化と科学』を読みはじめる。

暑いですな……。