太陽に連れていってくれ

23日。暑い、眠い、怠い、ヤル気ナシ男でございます。

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22日。帰りの電車のなかでトゥーツ・シールマンスの訃報にふれて、茫然自失となる。いつかは、そして、そう遠くない日にこのような機会が訪れることはわかっていたが、それでも残念なり。ワシが見たブルーノートでの演奏は、もう10年ぐらいまえだろうか。とりわけジャコ・パストリアスとの共演についてヒトは口にするが、ワシにとっては、エリス・レジーナとの作品が想起される。二人とも太陽に帰って行ってしまった。

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21日。「今日は花火に行くことになっている」というので、そうそうに帰る。が、帰ってみると、「やっぱり人込みには行きたくない」というので、遠くで撃ちあがる姿を家から眺めやるだけで済ます。盛夏の珍事。今年は助かった。

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20日。『ヒトラー、最後の20000年−−ほとんど、なにもない』@本多劇場。かろうじて「客いじり」席から逃れた、危うい危うい。一点だけ。黒人の息子と暮らす日本人のお父さんが自覚なしに口にする差別意識に接したとき、観客の笑いは、息子が己に投げかけられる差別意識を愚鈍にも認識できないことに向けられていたのか、それとも、父親が己の差別感情を眼のまえの息子に愚鈍にも吐露してしまうことに向けられていたのか、判然とせず……みんな愚鈍なのだ。賀来氏はいい声している。めずらしいことに、必然性などまったくなかったのに、見ず知らずの隣の席の女性と身振りでコミュニケーションしてしまう。「指さして、拾って、どうぞ、謝謝」といった感じ。

今日は多摩川の花火だったらしい。

暑い……。