リリの想い出

本日は強風なり。

かつてワシの家には2匹の犬が暮らしていました。2匹は母娘の関係にありましたが、性格はまったく逆でした。母犬の方は気が強く、見知らぬ者の接近を察知した瞬間からその気配が消えてなくなるまで、吼えることをやめようとはしませんでしたが、娘犬の方はおっとりとしていて、見知らぬ者でもお菓子を差し出されれば尻尾をふってにじり寄る始末でした。幼少の頃に犬小屋から脱走を試みたのは、当然、母犬の方です。残念ですが、もうこの2匹とも家にはおりません。

ワシは母犬の方をよく散歩に連れて行きました。散歩の途中、緑に萌える稲穂が風に揺られて波打っている様子を、アスファルトで舗装された坂の上から並んでよく見ました。こやつの眼にはこの清清しい風景がどのように見えているのであろうかと思い、母犬の目線の高さに自分のそれをあわせてみたこともありましたが、そんなときは決まって、景色はよいから頭を撫でろ、と言わんばかりに母犬は頭をワシの顔に近づけてくるのでした。

もうかなりの高齢になったある日、予防注射を受けたあとで、突然母犬の体調が激変しました。その翌日は一日中寝ていましたが、そんなときでも散歩に行きたくて仕方がないらしく、ワシが近寄って行くと、散歩に行こうと促してくるのです。しぶしぶ散歩に行くことにしましたが、気持ちとは裏腹に、母犬は2、3歩足をすすめたところでその場に腹ばいになり、自分では動けなくなってしまいました。そのときの彼女の心臓の鼓動は、尋常な速さではありませんでした。年がいもなくワシは、涙がこぼれ落ちそうになりました。

翌日になってワシが出かけるとき、母犬はいつものように起き上がってワンワンと吼えてくれました。が、帰宅してみると、彼女はもう荼毘にふされていました。今頃は、どこかで輝く小さな星に姿を変えていることでしょう。

母犬が星に変貌したのは、数年前の今日です。それは季節外れの暑さが到来したいかにも例外的な一日でした。

ワンワン……。