キャンドルと生

今日も晴れ。ただ、昨日と異なるのは、そこに暑さが加わったことだ。こちらの人が「暑い暑い」と言っているくらいだから、暑いのだろう。だが、日本の夏になれたこちらとしては、ここでの気温の変化はそれほど問題になるものではない。

明日、金曜日の夕方から羊たちはホスト・ファミリーのところにひきとられていく。そのための注意事項が有能なインストラクターからまず与えられる。かってに冷蔵庫あけて食べちゃだめ、家のなかでタバコ吸っちゃだめ、バスルームを長時間占拠しちゃだめ、などなど。その後、家あるいは家族に関する質問例文がプリントされた用紙が配布される。これにしたがって、有能なインストラクターはアメリカの家や家族について解説する。今日は居眠りする羊がちらほらいて、羊飼いのハサミがすんでのところで活躍しそうになる。

途中、オレゴン大学の学生が教室内に混じり、小グループで家や家族についてのQ&Aが行われる。先日、デートでお金を払ったことがないと言った見目麗しい女子大生のところににじり寄る羊あり。気のせいか顔がほころんでいる。授業終了時には、ふだんしたことないのに握手を求めやがった。そんなところで積極性をみせるでない。毛、刈るぞ。

その後、羊たちはOral skillsのクラスに散っていく。羊飼いは相方と有能なインストラクターとともにボスのところに行く。スケジュール確認をした後、それぞれ別れる。

羊飼いは、その後dormに戻り、いつものように午睡にはげむ。今日はこれから疲労度満点のイヴェントが控えているので、そのためにも英気を養うことにする。一方の羊たちは、午後、フリスビーをして体を動かす。

夕方7時前に相方ならびにボスと待ち合わせる。ボスの車で雰囲気の良いレストランに向かう。相方と2人して後部座席に乗ろうとすると、「アメリカでは必ず助手席に誰かが座らないといけないの、ドライヴァーはservantではないのだから」と言わる。逃亡失敗。羊飼いが助手席にちょこんと座る。

レストランに到着し、中庭のテーブルに陣取ると、そこに有能なインストラクターとその奥様が合流してくる。今日は、ボスが羊飼いと相方のためにディナー・パーティを開いてくれたのだ。当然、これ以後テーブルで交わされる言語は英語だけになる。

料理は、ラム、サーモン、ツナ、リゾット、カリフォルニア米(のようなもの)などを注文して、みんなでシェアすることにする。飲み物はdark beerをお願いする(銘柄は失念)。そして、マシンガン・トークのゴングが鳴る。有能なインストラクター夫妻の娘さんのこと、有能なインストラクターの奥様の仕事のこと、プライヴェート・スクールのこと、ユージーンのマーケットのこと、ゴキブリのこと、オリンピックのこと(女性お2人とも、アメフト嫌い、と言ったのが印象的)、ビールのこと、日本語でいう「満腹」のこと、羊飼いの仕事のこと、などなど。話題が多岐にわたるうえに、話すスピードが異様にはやい! それでも何とかくらいついて質問したり、返答したりする。デザートは、大きな苺のショート・ケーキとコーヒー。どの料理もとても美味で幸福になる。デザートで会はお開きになる。別れ際に、有能なインストラクターの奥様から、来年は○○さんを紹介するわ、と言われる……来年ですか。みんなとても良い人で、少しセンチメンタルになる。もっと話がしたいと思う人たちばかりであった。

ボスの車にもどる途中、煌々とパトカーのライトをつけて、警察官たちが、地面に腰を下ろしている太めの男を拘束している姿が眼に飛び込んでくる。まるで映画みたい。「おそらく、お酒を飲んで無灯火で自転車を運転してアクシデントを起こしたのだろう」とボスが教えてくれる。「ユージーンは無灯火・猛スピードの自転車が多いので、よく事故が起こり、警察がいたるところに出動しているの」とボスが付け足して言う。実際に、そのような自転車の姿をすぐ眼にすることになる。

dormに戻る途中で車の話になり、「日本車が多いのには驚きました」とボスに言うと、「やっぱり性能がいいからよ、スバルが多いわね」という返答がかえってくる。実際ボスの車もスバル。「でも日本の若者は大きなアメ車にあこがれんですよ」と言うと、ボスは「stupid」の一語で片付ける。羊飼いと相方、爆笑。

dormに戻って時計を見ると、2時間半ほど経過している。2時間半のスパーリングを終えた安堵感に包まれるも、服を着替えてみて、自分がとめどなく冷や汗をかいていたことをようやく実感する。なにはともあれ、すばらしい時間であったことにはかわりない。ボスと有能なインストラクター夫妻に感謝。明日もなんとか生きぬけそうです。

仄暗いレストランのテーブルにともるキャンドルの灯火だけが、われわれの生の確かさを保証してくれる……。