海外でも振られる

今日は日曜日。早朝に集まり、2台の車に分乗してOregon Coastへ向かう。お供をしてくれたのは『チュウシングラ』を読んだことがある女性と、なにかと羊たちの悪ノリにつきあってくれる男性。羊飼いは男性の車に乗る。

右手に湖、左手に道路と平行して走る1本の線路、この2つを見ながら車は疾走する。しばらくして、緑がまばゆい木々の下を、道は走るようになる。ふと幼少の頃のわずかな記憶がよみがえる。さらに昔よく聞いた音楽がラジオから偶然流れる。ドラマのようなできすぎの状況に少し居心地が悪くなるが、しばしノスタルジーにひたる自分を許す。馬が牧草を食む広々とした牧草地を見晴らすようになって、ようやく現実に引き戻される。いかにも期待どおりのオレゴンらしい光景にこの旅ではじめて直面し、過去がようやく姿を消してくれる。

Oregon Coastは広い。裸足がふみしめる砂は心地よく、海水もピリリとさすくらいに冷たい。羊たちは、悪ノリ男性とサッカーをしたり、フリスビーをしたり、極冷の波に飛び込んだりしている。羊飼いもめずらしくズボンを捲り上げて海のなかに足を沈める。寄せては返す波を見ながら、しばし沈思黙考。

その後ふた手に分かれて行動ということになる。悪ノリ男性チームはひとしきりビーチの砂地を歩いたあと、車へ退散ということになる。車に向かう途中で、腕にタトゥーを入れたメキシカンの人々に呼びとめられ、ちょっとビビル。タトゥーのオッサンが「おまえの国のことばでメキシカンってのはなんて言うんだ」と尋ねてくるので、「メキシコ人ですよ」と教えてあげる。すると、オッサン、「おまえの国のことばでI love youはなんて言うんだ、その子に言ってみてくれよ」なんていいやがる。良き羊飼いは、指名された小学校低学年ぐらいの女の子に「アイシ……」と言いかける。すると、その女の子、逃げやがった! 一同爆笑。仕方がないので、彼女の隣にいた空気の読めそうな小学校高学年ぐらいの女の子に「アイシテマス」と告白する。タトゥーのオッサンは大満足の様子で、羊飼いが言ったことばを連呼しはじめる。そして、一同と握手して笑顔で別れる。あああ一期一会。海外でも振られた稀有な日として、今日は記憶されるはずだ。

その後、悪ノリ男性の案内で、海に面した素敵なレストランで昼食をとる。羊飼いのオーダーは、シュリンプのサンドウィッチとペプシ。この旅でいちばんのアメリカンな食事を口にする。ウェイトレスのオバチャンがかなり元気。味もかなり満足。幸福感を味わう。

今日はこれだけにとどまらず、その後場所を移動して乗馬を行う。馬に乗るのははじめての経験だったが、馬はとても賢い動物であるということがよくわかる。こちらはお馬さんのなすがまま、という感じ。お馬さんと浜辺を歩いたとき、足が水に浸るのが嫌なのか、打ち寄せる波に対してお馬さんが本気モードで逃げることが間々あったが、そんなときは、身をあずけるこちらも本気モードでビビリましたからね。たのんますよ。

乗馬が終わったのが7時半過ぎ。その後、羊たちのリクエストに応じて、ステーキでディナーということになる。ここではアメリカのレアのすさまじさに度肝を抜かれることになる。定例のミーティングに遅刻しそうなので、ディナー前にその旨相方に連絡を入れようとする。が、ケータイがない……ごめんなさい。ステーキを胃袋におさめたあと、悪ノリ男性が車をぶっとばしてくれて、10時半ごろには出発地点に戻ってくることができる。帰って速攻で相方に「ごめんなさい」の電話を入れる。

ほっと安心して椅子に腰を下ろすと、ケツに激痛がはしる。激痛に耐えながら贅沢な1日を提供してくれた悪ノリ男性に、心から感謝する。

あの波をいつかまた見たい……。