雫と罪

いつもと同じ神経を目覚めさせる肌寒さとともに5日目がはじまる。会話とアメリカ文化の授業に向かう羊たちの足どりは、いつもよりも幾分重い。きっと昨日のスポーツ・アクティヴィティのせいであろう。歩いている途中で昨日鍵をなくした羊に話しかけられるも、ここでも突き放してみる。結局彼は鍵の再発行から遺失物係へのお尋ねまで自分で行うことになる。これはこれで教育的配慮。

インストラクターもいつもと同じように有能。Word Scrambleという、スペリングをごちゃ混ぜにしてある単語(たとえばomor)を、正しいスペリングの単語(たとえばroom)にかえるというゲームから授業ははじまる。昨日までにやってきたrもしくはlからはじまる単語である、というのがヒントになっている。羊たちはなんとか無難にこなす。その語、プリントが配布され、wanna, gonna, ya, -in'など会話において通常用いられる短縮形の練習をペアになって行い、さらに、会話中に用いられるback channeling(たとえばUh huh. Yeah. Really? Wow.など)の練習を行う。これは羊飼いも弱いところなので、いっしょに声に出して勉強してしまう。

その後インストラクターはLane County Fairについての解説をする。ここからがいけません。羊たちのなかには、昨日の疲れもあって、英語の話についていけないばかりか、うとうとしはじめるものがでてくる。インストラクターはきっと気づいていたとは思うが、知らない顔をしてくれる。羊飼いはこれまでで最高の精神修養を強いられる一方で、インストラクターのpatienceにぐっと涙をこらえる。

今日の午後は授業がないので、居場所確認を明確にさせたうえで、羊たちを放牧に出す。やれやれと思って午後の惰眠という贅沢をむさぼっていると、相方からのケータイがなる。つまり、トラブル発生。IDカードがあればバスは無料のはずなのに、バス・ドライバーが羊たちに料金を要求したらしい。この点を確認しに、寝ぼけ眼で事務局に向かう。ボスに会いに行く途中で、悪魔の微笑みをもつコーディネーターの女の子に会ったので、その旨尋ねてみる。「そんなん聞いたことないけど」ということだったが、丁寧に調べてくれる。そうしたら、少し変更になっていたようだった。彼女がsorryと言うので、逆に気の毒になってso sorry for troubling youと返してしまう。そして、2人して苦笑。実は、行きのバスでは料金を請求されたのだが、帰りのバスはちゃんと無料だったとのこと。それじゃあ、もう少しねばって交渉しろよ羊!

寝ぼけ眼の羊飼いの英語は、後から思い出すと惨憺たるもので、少し背筋が凍る。英語勉強しないといけないな、羊たちのことばかり言えないな……とひとりドミトリーでへこむ。またしても悪魔の微笑みが頭をよぎる。

その後各自夕食をとり、最後のミーティングでお開きとなる。このところ羊たちのあいだで英語モドキが横行しだしているので釘をさす。え〜授業でわからないときに、とりあえずyeahやUh huhを言うのは禁止。これが守れない場合は、毛、刈ります。授業で寝てたら、君らのいちばんの目的がフイになります。それから、あまり調子こいて変な英語ばっかり言っていると、ほかの人に、毛、刈られますよ。

キャンパスの細部には不思議も存在する。キリストへの愛を毎日かかげるヒゲをたくわえたオッサン、そのとなりで通行人をよびとめる某環境団体のTシャツを着た若者たち、ベンチには「なんじのジャイアンツとむきあえ」というシールが張られたCD−ROM、「フライング・モンキーズをゲットさせないで」と書かれたバッジ。緑を照らす光は、同じように、これらのものも照らし出す。いかにも大学らしくて楽しくなる。

まだ青々としている落ち葉が大切に保持している雫の輝きをとどめたくて、そっと動かしてみる。すると、なんの未練も残さずに、雫は光とともにこぼれ落ちてしまう。先ほどまで雫を見守る特権的な立場にあった落ち葉は、羊飼いの手のなかで、すでにありふれた陳腐な存在に変わり果てている。罪ということばの本質的な意味を知ったような気がする。

今日もThe Country Wifeを読む。論点が定まらずイラつく。勉強が足りない。