ドングリの微笑み

3日目、朝は曇って肌寒くなる。が、すぐにお天道様が顔を出し、昨日同様に活躍しはじめる。あんたもアツイね。連日つづくあまりにも健全な天気に、羊飼いの憂鬱が倍化する。

今日から本格的に授業がはじまる。といっても、1時限目だけ見学することができる。会話とアメリカ文化に関する授業で、今日は、「あいさつ」や「質問」の仕方と、「発音」について学ぶ。まず、インストラクターは、1人1人あてて質問をし、なにか答えさせる。「昨日なにをしたか」、「夕食になにを食べたか」、「昨日なにを買ったか」というような程度の質問だが、yeahと答えてしまう羊がいる。当然こちらは苦笑。とりあえずなにを言っているかわからないときにはyeahではなくSorry?かPardon?にしましょうね、と教えておかなかったことを猛省する(羊たちのためでなく、自分の精神衛生ために……)。もっとも、授業の最後のあたりで、この表現を教えてもらえたので、とりあえずは、明日から大丈夫のはずですが……。

その後、夏に関わる単語をいくつか書き取らせる。羊たちが答える単語のなかに、「花火」や「カブトムシ」など、結構難しいものがあったので、おおお、と思ったが、それは電子辞書くんの知性に多くを負っているということがすぐに判明する。また、ユージーンに「カブトムシ」はいないのか、インストラクターが「カブトムシ」という単語に微妙な反応をしていたのを、面白く見た。羊たちはpronounce, borrow, eraserなどが発音できないし、May I borrow your eraser?の意味がわからない。How do you like Oregon?なんていう、ちょっと返答するのに知恵がいる質問にも答えられない。これが現状。ただ、インストラクターの方は、笑顔で粘り強く質問を言い換え、さらに、何度も名前を呼んでencourageする。また、会話表現の学習のあと、実際にペアになってプラクティスさせるときにも、ぐるぐるまわって羊たちの会話を促すような発言をする。なんとも感動的なくらい良い先生である。英語の教え方という点で、有益な時間であった。

インストラクターは優秀なハイスクールの先生で、高校ではスペイン語とフランス語を教えているという(じつは羊飼いと同じ歳だってさ)。羊たちの授業も「ハイスクールのようにやる」と言っておられたが、どう見ても、中学校か、それ以下のような印象をもってしまう。ただ、rとlの発音の違いの学習は高度で、これは羊飼いも実践して学習してみましたよ。

午後からはネイティヴ・スピーカーとの少人数による会話練習。それぞれのグループがバラバラになってしまうので、羊飼いには補足不可能になってしまう。したがって中心になってコーディネートしてくれている女性としばし歓談する。日本人の名前は長くて覚えられないとか、羊飼いの年齢とか……。羊たちはalways yeahだと言って2人で爆笑して話は終わる。

その後はフリータイム。各自夕食をして最後のミーティングでおしまい。羊たちはそれぞれ運動などしてリフレッシュしているようで、この点は大いに結構だが、もう少し勉強してちょ、お願いだからね。それから、女の子と話をするための会話表現を羊飼いに聞くのはやめてください。毛、刈りますよ。

今日の羊飼いは、比較的時間があったので、眠る、眠る、眠る。

キャンパスのなかでデプッとしたドングリを2つ拾う。記憶とは、写真でも、ロゴがついたお土産でもなく、そっとそこにある日常性から切り取られた一部分のなかに存在する。切り取られなければそこに存在し、いずれは朽ちていく微細なもののなかに、つかみがたい甘美なものの一瞬の手触りが感じられる。2つのドングリが記憶の強度とともに微笑みかける。まあ、ドングリからしてみれば異国への拉致監禁なわけですが……。

ちゃんとお土産も買っていきますので、ご安心を。