オッサンの堪忍袋

昨夜の話。時計が金曜日の開始を告げはじめるころ、なにやら家の外でドンドンと音がしはじめる。それは車のドアを閉めるような音だったので、はじめはだれかが何度も車のドアを閉めなおしているのだと思った。ところが、そのうちドンドンという音の切れ間になにやら怒声が混じっていることに気づきだす。ふとカーテンをあけて外を見てみると、前のアパートの2階右端に位置する部屋のドアを、喚きながら蹴飛ばしているオッサンの姿が視界に飛び込んでくる。オッサンは明らかに泥酔している。「おんなじカネ払ってんだぞ」などの怒声から理解するところによると、オッサンは件の右端の部屋の真下−−つまり、同アパート1階右端の部屋−−の住人であり、日頃から2階の住人がたてる物音にいらつきを感じていたようで、それがなぜ今日のこの時間なのかはいざ知らず、この深夜にもう堪忍ならぬということにあいなって、2階右端の部屋のまえまでわざわざ出向いて物申してやろう、という決断にいたったらしい。怒声とドンドンという音のさなか、2階右端の部屋の住人はなにも応答しようとしない。固唾を飲んでカーテンの隙間からこっそり見守るのは、ワシとドーキョニンで、後者は興奮の色合いをいささか濃くしている。うちの灯りはすべて消していることは言うまでもない。数分ののち、闇夜にまぎれて4人の男たちがやってくると、オッサンは少しおとなしくなり、なにやら4人の男たちと話しはじめる。そして、オッサンはそのうちの2人とともに闇夜に消えていく。残った2人は、2階右端の部屋に行き、ドアを開けてもらってそこの住人−−オッサンのターゲットにされていた住人−−と話しはじめる。4人の警官がこの場をとりつくろい、夜に静けさを与え直したところで、この騒動は一応の結末をみる。ただ、当面結末をみることがなかったのは色めきたったドーキョニンで、オッサンがいつ帰ってくるのか、また、帰ってきたあとどのような展開が待っているのか、静けさをとりもとした前のアパートをその後30分ほど見つづけることになる。それには目もくれず、ワシはMassinger & Fieldに視線をおとす。そして、ドーキョニンの食べかけのアイスクリームがジワリジワリ溶け出す。

かつて教えたことのある若者が旅立って行ったことを知る。やりきれない。

なんとも……。