Professor Emeritusの想い出

15日。寒い。ただ、寒い。

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13日。『夕空はれて』@青山円形劇場。これで青山円形劇場ともおさらばになるので、メモリアルブックを購入する。芝居は別役実らしさが横溢していて、少し恐ろしくなる。この透徹した知性をもつ劇作家の病が快方に向かって、中断している新作の筆を改めてとってくれることを切に願う。

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12日。かつて教えをうけたProfessor Emeritusが鬼籍に入ったことを知る。挙動不審ともとられかねないくらい、周囲の人たち−−ここには学生も含まれる−−にあまりにも気をつかう先生であった。敬遠する人びともいたが、ワシは好きだった。なにせ当初はこの方の英詩のゼミに入るつもりだったからね。いちばんの想い出は、酩酊する先生のご自宅の電話番号を探すためにオジイチャンが先生の鞄のなかをのぞいたとき、そこからひょっこり「星を読むための紙」が綺麗にファイルされたものが出てきたことだ。そのとき、この人は青年のまま大人になったような美的な人なのだと思った。Your memory lingers deep in my heart. Addio!

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11日。ドーキョニンとLa Bettolaに行く。田舎風テリーヌ。寒鰤と蕪のアーリオ・オーリオ、魚料理(名前を失念)、モンブランを食す。寒鰤はスモークされていた。モンブランはいちばん下がお米でできていた。美味。

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10日。忘年会。1時間過ぎたところで、眼のまえに座っていた化学先生が、ご自身も出席されていた昨日の討論会の件で濃厚な絡みをみせてくるので、必死にエーゴキョーイク学教授の振る舞いについて弁明(?)する。このとき、エーゴキョーイク学教授、テリー教授、情熱氏はすべて不在であったから、エーゴで唯一出席したワシに化学先生の標的がロックオンされてしまったわけなり。こういう絡まれ方を耐えて10年ぐらいは経過しているので、別段新鮮味などはない。とりあえず、一生懸命に弁明(?)するだけなのだが、ただ惜しむらくは、弁明(?)に血道をあげていたがために、合間合間に口に放り込んでいた鰻の味をまったく記憶していないということだ。ワシの鰻を返せ。

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9日。先日の授業参観をうけての討論会。参加した各人はコメントを事前に提出しなければならないはずなのだが、うちのbossのエーゴキョーイク学教授がコメントを提出していないことが開始数分まえに露見する。なにやら不穏な空気が流れはじめる。討論内容については公にする性質のものではないためコトバを控えるが、コメントを事前提出しなかった件の教授が、おもむろに自家製ハンドアウト一枚を皆に配布し、略語がいっぱいでよくわからないエーゴキョーイク学の方法論について滔々とまくし立てて場違いな空気を醸し出した、ということだけは記してもよかろう。おそらく、この会のなかで教授の話を理解できたのは、同じくエーゴキョーイク学に深甚な学識をおもちの情熱氏のみであった……と信じたい。が、情熱氏は黙して語らず。ちなみに、テリー教授は本日も欠席。

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7日。色々買い物をしたり、生田神社まえのバームクーヘン屋でパフェなど頬張ったりして、そそくさと帰る。駅前では演説する某党党首に、新幹線の駅では舞子さんと某元ラガーマンに遭遇する。

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6日。昼過ぎから神戸に移動する。三宮から北方向に歩いて、某イタリアンのレストランに滑り込む。過日発表されたミシュランで今年も星ひとつを獲得した店らしいが、そんなスノビズムにはいささかも興味はなく、美味ければなんでもよい。パスタと肉がとても美味しいコースだった。その後、考えられないくらいに歩いてルミナリエを見物する。あれから20年、人生がいまのような道行きになっていなければ、震災で死んでいたかもしれない。静かにココロのなかで祈る。その後、寒さに襲われたためか、急遽Nature is callingという状況に陥り、タクシーを使ってホテルまで脱兎のごとく駆け抜け、なんとか事なきを得る。ホテルのプランでラウンジの無料券がついていたので、柄にもなくカウンターでジントニックを飲む。本当はマーロウ/アサノばりにギムレットでも注文してみようかと思ったが、無料券ではギムレットは飲ませてくれないそうだ。「ギムレットには早すぎる」ということか。

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5日。この疲労をどうにかしなければ、金曜日の夕暮れにWildeの英文を読むことまでたどりつけない、という共通認識が生成された。

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4日。昼時、オジイチャンと会う。Cambridge University発行のbulletinに載っているStefan Colliniの文章を読まされ、「Cambridge Moralistsについてどう思うか」と問われたために、ビビりすぎてパスタの味が感じられなくなってしまう。そのbulletinでMarie Axtonが亡くなっていたことを知る。

その後大学に戻り、授業参観の義務が発生したために、非常勤の先生のエーゴの授業を拝見する。教室への移動の道すがら、テリー教授とすれ違う。どうやら氏は、その非常勤の先生の教室の近辺で授業をしていたらしく、おのれの授業が終わって研究室に戻る途中だったようだ。ちなみに、テリー教授は体調不良とかで、ワシには義務が発生している授業参観を欠席するという旨のメールが、用意周到にも一週間前に届けられていた。たしか、テリー教授はエーゴを教えていたはずだし、たしか、テリー教授は義務ほどではないものの参観することに道義ぐらいは発生していたはずだし、たしか、テリー教授は研究室に移動するよりも、参観する教室に移動する方が近いはずだし、たしか、テリー教授は体調が悪い様子ではなかったはずだし……要するに、○○○ということ。

Molto, molto triste……。