エーゴキョーイク奮闘記

18日。いちおう「ある役職」を拝命しているので、それ関係の来客対応をする。皆さんはネクタイにスーツに名刺に……だが、ワシはTシャツのうえにジャケットを羽織い、サンダル履き。当然、名刺などあろうはずがない。1時間ぐらいで終わったので、そそくさと退散する。

その後、昨日叶わなかった「デパ地下ミッション」を遂行する。

その後、研究室にもどったら、「エーゴキョーイクについて他大学の先生から情報交換の依頼が来ておりますのでセンセイに……」というメールがまたしてもきている。「だ、か、ら、ワシはエーゴキョーイク学の専門でも、エーゴという組織の代表でも、ましてやキョーム委員でもないわー。そのうちのどれかに該当する人のところにまずメールを送れー」と思いつつ、メールの返信を書く−−「来週のあたまにご回答いたしますので、お時間をいただけましたら幸いです」。こう回答するのが、ワシにとっての抵抗ラインぎりぎりです。

Leah S. Marcus, Puzzling Shakespeare (U of California P, 1988)をチラ見したあと、Michael Shapiro, Children of the Revels(Columbia UP, 1977)を読みはじめる。前者は今年ジャパンに来るらしい。

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17日。研究室が片づかないので途方にくれて、ミスター・ドーナッツを4つも食べてしまう。その後、頼まれていたオツカイに出かけたら、デパ地下が閉まっていたので用件を果たせず。Beaumontの勉強はだらだら継続中。

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16日。会議2つ。計5時間ぐらい(あいだに休憩15分)。

エーゴキョーイクに関するある事柄について、「わたしひとりがそう考えているだけで、皆さんが必要性を感じないならば、やらなくてもよいですよ」と述べたら、「情熱」氏がそれに対して「そんなにすねないでも」と言ったので、突発的にムカッとしてしまい、「すねているのではなくて、この組織の統一見解としてそれが必要でないならば、わたしは自分の意見に固執して、それをゴリ押ししたりなどしない、と申し上げているだけです」と冷静に反論するものの、ハラワタのなかは煮えくりかえる。公的ナ主旨ノ発言ヲ私的ナ感情ノ吐露ニスリカエラレタコトニ苛立チヲ感ジタノダナ、とあとになって20世紀型ロボットは自己分析する。

そろそろ花粉か……。